愛着の傷

精神分析学者のボウルビーの理論によると、生後半年から3歳くらいまでの子供の心理的生育にとって、最も重要なものと考えられるのは、主たる養育者(通常、母親、父親、もしくはその両方)との間で築かれる、愛着と呼ばれる特別な絆です。子供は母親との身体的接触や、眼差しの中で、守られているという安心感を養い、そこを「安全基地」として自由に遊び、学びながら、独立心を培っていきます。もし何らかの理由で(死別やその他の形での別離、母親の身体疾患・精神疾患、家庭内の不和、離婚、DV、アルコール問題など)、その安心感が与えられず、安定した愛着関係が築かれなければどうなるでしょうか。どういう大人に成長していくでしょうか。個人差は大きいですし、養育者以外の人物から十分なサポートがあれば、ごく普通に成長するかもしれません。人によっては「どうせ自分は愛されない、他人からの愛情は期待できない」と防御の砦を築き、悲しみや怒りという感情もブロックするかもしれません。ある人は見捨てられる恐怖につねに怯えるようになり、友人や恋人にしがみつこうとするかもしれません。そのしがみつこうとする行動が相手の拒絶や困惑を招いて、現実に捨てられるという悪循環を招くかもしれません。ある人は人間よりも手軽に依存できる対象として、食べ物やアルコール、薬物などを選ぶかもしれません。最終的な診断名としてはいろいろな形をとるでしょうが、「境界型パーソナリティ障害」「摂食障害」「解離性障害」あるいは何らかの依存症などと診断される患者様の多くは、何らかの形でこうした「愛着の傷」を抱えている印象を持ちます。もちろん、トラウマケアだけですべての問題が解決されるわけではなく、摂食障害や依存症の克服には本人の強い意志が必要ですが、「愛着の傷」を修復することが回復への一歩となることもあるのではないかと思います。