統合失調症の薬物療法

 統合失調症というと、幻聴や被害妄想など派手な症状の方が有名で、そうした症状に支配され興奮しコミュニケーションが取れなくなっている状態では入院治療が必要になりますが、実際には入院に至る前に外来でコントロールされている患者様も多いです。初診の段階から幻聴(テレパシー・電波が入ってくる、いない人の声が聴こえる、悪口を言われる、命令される、など)や被害妄想(周りから狙われている、盗聴・盗撮されている、毒をもられている)が顕在化している場合もありますが、「何となく嫌がらせされている感じ」「見られている感じ」「音に敏感になった」「脈絡なくいろいろな考えが出てくる」など漠然とした症状の場合もあります。早めに治療を開始することで、学業や就労が続けられることもあります。
  統合失調症の薬物療法は1950年代のクロルプロマジン(商品名:コントミンなど)の開発に始まり、ハロペリドール(商品名:セレネース、リントンなど)というドーパミン受容体の阻害作用の強い薬の開発がそれに続きました。これら第一世代の薬によって、確かに多くの患者様は恩恵を受けたと思いますが、副作用としてパーキンソン病様の症状(動作が緩慢になる、手が震える、食べ物の嚥下が悪くなる)がしばしば見られ、生活の質を下げることにもつながっていました。パーキンソン病様症状に対しては、それを抑えるための「副作用止め」として塩酸トリヘキシフェニジル(商品名:アーテンなど)、ビペリデン(商品名:タスモリン、アキネトンなど)といった抗コリン剤というタイプの薬がしばしば処方されてきました。現在では副作用止めである抗コリン剤自体の「副作用」として便秘や認知機能の低下があるため、その処方を避けることが推奨されていますが、パーキンソン病様症状を改善して、転倒による骨折を予防したり、嚥下障害を改善して肺炎を予防する効果もあるなどプラス面があることも忘れてはいけません。
  1990年代に市場に出たリスペリドン(商品名:リスパダールなど)を端緒とする第二世代の抗精神病薬の登場で、確かに副作用は減少し、今まで副作用に耐えられずに薬物療法の恩恵を受けれなかったような患者様も治療の対象になるようになってきました 。第二世代の薬はSDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)と言われるタイプの薬・・・リスペリドン、パリペリドン(商品名:インヴェガ)、ブロナンセリン(商品名:ロナセンなど)と、MARTA(多受容体拮抗薬)と呼ばれるタイプの薬・・・オランザピン(商品名:ジプレキサなど)、クエチアピン(商品名:セロクエルなど)に大別され、MARTAはSDAに比べて、さらにパーキンソン病様症状が少ないのが長所で意欲も賦活すると言われていますが、体重増加や高血糖を来しやすいという副作用があり、残念ながら糖尿病の方などには使えません。長期使っていく場合には体重や血糖値、コレステロールなどをモニターすることが必要になります。アリピプラゾール(商品名:エビリファイなど)という薬はドーパミン部分アゴニストという特性を持った薬で、ドーパミンの分泌を完全に押さえつけるのでなく、ちょうどいい範囲に保つという特性があります。うまくすると意欲を保ったまま症状がコントロールできるのですが、幻覚妄想が悪化してしまうケースもあり、注意が必要です。
  薬の選択は症状を見ながら当たりをつけていきます。幻覚妄想症状がメインならSDAから使い始めることが多いですし、症状が漠然としていて焦燥感が強いようなら、抗ドーパミン作用よりも抗ヒスタミン作用の強い、クエチアピンのような薬を使うことが多いです。現在のガイドラインには全く取り上げられませんが、ハロペリドールのような古い世代の薬も幻覚妄想を鋭く抑えるという点では捨てがたいところがあり、実際少量のハロペリドールの投与を継続しながら、長期間安定して就労している患者様もいらっしゃいます。また旧世代に属する薬でも第二世代の薬と同様な賦活作用を持つ薬もあり、スルピリド(商品名:ドグマチールなど)、ペルフェナジン(商品名:ピーゼットシーなど)、フルフェナジン(商品名:フルメジンなど)といった薬は少量で意欲を賦活しつつ、幻覚症状を抑えるなど、優れた特性を持っています。しかも安価です。
  統合失調症の薬物治療は長期にわたります。内服をどうしても忘れがちになったり、症状が出ないと安心してついつい薬を飲まなくなってしまう患者様には、一回の注射で効力が2週間~4週間持続する持効性注射薬(デポ剤と言います)を定期的に打つという選択肢もあります。リスペリドン、パリペリドン、アリピプラゾール、ハロペリドール、フルフェナジンなどの薬にはそれぞれ対応する持効性注射薬があり、利用可能です。